Track#4 Lady in my life



Image song Lady in my life / Michael Jackson

いつものように地下鉄に乗ろうとして、体が急にに動かなくなった。
何かにすがるように後ろを振り向いた。
今すれ違った見知らぬ女性の姿を電車に乗りながらもずっと目が追い続けた。
知り合いでもない。一目惚れしたわけでもない。

ただ、半年前に別れた彼女と同じコロンの香りがしただけだった。

「すごく爽やかだけど、甘い香りだね」 冬の街中を彼女と並んで歩いて、初めて二人の距離が近づいたとき、彼女に言った。
「シャネルの19番。ありふれてるけど、この香りが好きなの」 彼女は嬉しそうに答えてくれた。
秋風のようにクールでありながら、ふとした甘さを感じた。

それまではまったく僕は香りには無頓着だった。これをきっかけに、服を着るように香りを着る楽しみを彼女から教えてもらった。
いつしか僕の部屋には、部屋のインテリアも兼ねて、コロンの小瓶が並ぶようになった。
彼女からのプレゼントで、最初につけたのはアンテウスだった。同じブランドだからやはり相性がいいのか、、二人で爽やかでありながら、麝香のピリッとした香りをまとうのが心地よかった。
そしてカルヴァン、ジバンシー、知らずに何本ものボトルが部屋に増えていった。

今はもっぱら、一人で自己満足で楽しんでいるだけ。

嫌いになったわけではない。
急に仕事が忙しくなり、疲れもあり、彼女からの誘いもキャンセルすることが多くなった。自然と彼女は僕を責める言葉が増え、僕も言い訳を言うことに疲れてきて、いつしか会うことがなくなってしまった。
忙しさで彼女を無理やり忘れようとした。

それからまもなく、景気が急転し、仕事もいいのか悪いのか、残業が急に減った。
やっとゆっくり時間が取れるようになった僕に残されたのは、何本かのコロンの小瓶だけだった。
いったい大切なことは何だったんだろう。螺旋のような思いに巻き込まれた日々が続いた。

これもタイミングなのかと、あきらめていた矢先に、さっきの見知らぬ19番嬢とすれ違った。。
ふいに切なさに胸がしめつけられた。
香りだけで、こんなに鮮明に彼女の笑顔も、僕の左側を嬉しそうに歩いてくれたことも思い出すものなのか、、

ジンを一本買って家に帰り、一人でしこたま飲んだ。
彼女が昔、「私を思い出してね」と置いていった、小さな19番の小瓶の蓋を半年振りに空けながら、、

酔った勢いなのか、やけなのか、気がつけばパソコンに向かい、彼女にメールを打っていた。キーボードを打つ手もおぼつかない。
「今日、地下鉄で19番の香りに会って泣けてきた。やはり、君を、忘れることはできない。都合がいいお願いで申し訳ないけど、もしも僕を許してくれるのなら、返事をください」

30分、迷いに迷ったあげく、送信ボタンを押した。

あまりにも身勝手な自分に呆れた。
こんなことをしても、彼女を苦しめるだけなのに、、、

もう寝よう。僕は失った想い出に、たまたまぶつかってしまっただけなんだ。。

そう思った矢先、受信メールが1件、赤く灯った。


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