Track#3 Cross road


Image song Cross Road / Robart Johonson


街から少し離れた住宅街の一角に、ひっそりとした古いバーがある。
店の片隅にはこじんまりとしたステージがあり、古いドラムやアンプが所在なさそうに構えている。
昔はライブをやっていたらしいが、今ではステージも楽器も、店の雰囲気作りの道具になってしまっていた。。

そしていつしか常連客が楽器を持ち寄り、好き勝手に演奏する場になっていた。

「こんばんは、マスター」
いつものように何も言わず、マスターは上目遣いで僕をじろっと見て、右手を軽くあげた。
年季の入ったデニムのシャツを着て、ゆったりと煙草をくゆらせている。

「じゃあ、いつもの、、」僕は気取って声をかける。
「訳わかんないよ。いつもばらばらの酒飲んでるじゃん」 やっとマスターが笑った。
こんなやりとりが楽しい。
カウンター席に座り、改めてバーボンを注文したところで、背中から僕を呼ぶ声がした。

「遅いよ、ヤマさん」
アンプの上に水割りを乗せて、一人でヤイリのアコギをかかえたアオやんがおどけながら有名なロックのリフで歓迎してくれた。
「週に一度のこれが楽しみでさぁ、、仕事終わったらすぐ来ちゃったよ」 作業着のままのアオやんが明るく笑う。

アオやんも僕も、もういい歳のおやじだ。だけど、この店で夢を拾って、古いギターを引っ張り出してきた。
「お待たせ」僕もギターとグラスを手に、上着を脱いでネクタイをゆるめてステージにあがる。観客は今夜はマスターだけ。

大学生のときは、授業なんてそっちのけで、バンドばかりやっていた。
あわよくば、音楽で一花咲かせたかった。
もちろんそんな夢が叶うわけがなく、サラリーマンになった。
「いつまでも夢なんか追ってられないしさ」 昔のフォーク歌手みたいなことを言って、自分をごまかした。

そして社会人になった僕は、当たり前のようにギターを封印して仕事をした。

ギターを弾いていた自分を完全に忘れていた1年前、帰り道で偶然ギターの音が聴こえてこの店に初めて来た。

アオやんのギターだった。 作業着を着て、額に汗をいっぱいかいて、そんなに上手くないけどものすごく楽しそうにギターを弾いている姿に、頭を殴られたような衝撃を受けた。

この日以来、毎週1回、僕はギターをかついで、この店を訪れるようになった。



二人で一つの譜面を見ながらにスタンダードを弾いていたとき、ドアの鐘がカランと鳴り見慣れない客が入ってきた。

「いらっしゃい、、」  マスターがちょっと驚きながら声をかける。

「ギターの音が聞こえたから。。あ、水割りください」   客はちょっとはにかんで答えた。
「ギター弾くんだ、、」   マスターはそっと水割りを差し出す。
「昔は弾いていたんだけど、いつしか弾かなくなって、、、」
「隅っこに店のギターがあるから、あの連中と弾いてみなよ」 マスターは子供のようにギターを弾いている僕たちに顔を向けた。

「でも、、」

「あいつらだって同じだよ。別に上手いわけじゃない。押し入れの奥にしまっていた想い出をここに持ってきて楽しんでいるだけだから、、、ここは、そんな店なんだよ」
マスターは優しく微笑み煙草に火をつけた。

客はしばらく何かを懐かしむように演奏を眺めていた。
そして、覚悟を決めるようにグラスを一気にあおり、ステージに歩き出した。

「おっ、新しい仲間だ。お手柔らかに頼むよ」 アオやんが優しく声をかける。
「なんだか、1年前の自分を見てるみたいで嬉しいよ」 僕も嬉しくなってつぶやいた。

久しぶりにギタリストに戻る決意をした客は、店に入ってきたときと同じように、はにかんで店のギターを手にした。

Aのブルースが店に流れだした。
僕が初めてここの店で弾いた曲。アオやんの十八番だ。

マスターは目を細めて、夢中になってギターを弾く3人のギター中年を、夜が更けるまで見つめていた。


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